人生はドラマの脚本
三人姉弟の長女だった私は「しっかりしてるね」と言われて育ちました。それから今に至るまで「しっかりしているお姉ちゃん」は健在です。学校でも家でも、職場でもしっかり者。今もそのキャラはなくなりません。
いつしか「甘える」ということが分からなくなったのだと思います。大人になってお付き合いをした男性からも「可愛げがない」と言われ、いつしか、「しっかり者は可愛くない」という刷り込みも(笑)
思い返してみると、親から受けた影響は、とても大きいです。
3つ下の弟は幼いころ、身体が弱く大人しい性格で、いつも母が付きっ切りで面倒を見ていました。食事はもちろん、寝るときもお風呂も一緒。今、思えば母を独占していた弟が羨ましかったのかもしれません。だんだんと弟が憎たらしいとさえ思っていました。体も丈夫で人見知りもしない私は「手がかからないしっかりしたお姉ちゃん」としての役を50年も演じてきたことに最近気づいたのです。
それは、断捨離中にあるものを発見したことで気づきました。
小学3年生だった私が母の背中におんぶされ、照れ笑いをしている写真。
家族で温泉に行ったときのこと。山で弟たちと蝉採りをしていたら、足をくじいてしまい、その場で座り込みました。そしたら母が私をさっと負ぶってふもとの旅館まで連れて行ってくれたのです。弟たちは蝉取りに夢中。その光景を父が写真に残していたのです。その写真を見た瞬間、母の背中の温かさが写真を蘇り、涙が溢れました。
母にもっと甘えたかったんだ、私。
今でも、しっかりしてると言われます。でも「どこか抜けてるね」とも言われるようになりました。
幼いころに書いた、人生というドラマの脚本は一生演じ続けると言われます。この「人生脚本」は無意識のうちに○○でなければならない、という心のブロックを作り上げてしまいます。しかし、どこかで脚本を見直し、書き換えていくことで、本来の自分の姿で再び人生を演じることもできるのではないかと思います。自分の人生のドラマだから、主演です!
最後には主演女優賞を取って幕を閉じたいものです。
あなたは子供のころの写真から何が見えてきますか?